The Space of Truth

自分なりの考え方等を綴っています。

自分を深く愛することが出来なくても笑顔でいることが出来なくても良い

精神世界では自分を愛することが出来れば他人も愛せるとかというような話を聞きますが、果たしてそうなのでしょうか?


私は正直、これ、よく分かんないっていうか、このような考え方がどうしても好きになれません。


自分を愛せなければ他人も愛せないってことになりますよね???


そもそも「愛する」という言葉自体、自分に使うのは何だか気持ち悪いと言うかなんて言うか・・・


もう少し別の表現、ないかな?と思っちゃいます。

 


ツインレイと統合するには自分を愛することで・・・という話を聞きますが、こんな当てはめしてしまったらそこにフィルタが掛かってしまい、尚更出会えないのではないでしょうか???


たとえ自分に傷があろうが、自己肯定感が低かろうが、本人が幸せと感じればそれで十分なのです。

 


また、一般的に笑顔でいた方が幸せが寄って来やすい的な話はよく聞きますが、出来ないものは出来ないんだから笑顔を強制するような話は止めてほしいとずっと思っていました。


そもそも笑顔って自分で作るんじゃなくて自然と湧き出るものなんじゃない?って思います。


作り笑顔でも良い的な話も聞きますが、これは自分に嘘ついていることになりますし、相手に作っていることがバレることもあるでしょうからあまり意味がないと思います。


笑顔を出すのが苦手な方は優しかったり、ユーモアがあったり・・・別の形で自分を表現している感じがするのでそれで十分だったりします。

 


ちなみに私は幼少の頃まではいつもニコニコしたらしいですが、小学校に入学したあたりから人前で笑顔が出せなくなりました。


しかし楽しいと思った時は笑うので笑っていると「ピアーラちゃんが笑っている!」、「笑っていると怖い」なんて言われることがあり、なおさら笑っている顔を人に見られたくないと思うようになってきました。


その結果、怒っているように見える等、言われることは数えきれないほどありました。


確かに世の中の理不尽なことに対し、心の中ではいつも怒っており、周りのその反応にはもっとイライラしてはいましたが・・・


今でも何でもない時は無表情で怖いと思われているかもしれませんが、これも無理する必要はない・・・出来なければ出来ないで良いと思えるようになりました。


その代わりフレンドリーな話し方をしますし、なるべく共感するような話の聞き方していますが、これも自分がそうしたいからしているだけです。

 


前に顔合わせで落とされたことない方が「その秘訣は?」との問いに「笑顔」と答えたという話を目にしたことがありますが、笑顔だけではないはずです。


中には笑顔が決め手ということもあったかもしれませんが、自然な笑顔が出ても落とされるときは落とされます。